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【若い指導者が頭角を現わすことがない日本サッカー界】その理由を考えなければ変化は起こらない

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織に「変化」「緊張」「危機感」をもたらすためには、新しい顔の人間が組織をある意味で乱し、かき回す必要がある。日本サッカーという組織には、その傾向は現状皆無で、今後「大きな改革」が起こるとは到底思えない。

そのためには当然多くの「リスク」を冒さなければならない。「リスク」とは曖昧な言葉ではあるが、もっと多くの人間が海外に出て日本を客観的に見ること、そして日本サッカーという組織に自己否定的学習を求めるために「批判」及び「意見」をすることがつまりは「リスク」であり、それを若い人間が自ら行っていかなければならない。

逆に言えばその「リスク」というのは、現段階で肩書きを与えられていない若い人間にしか冒せないと考えている。すでに長く日本サッカーに身を置く人間には家庭があり、人脈があり、地位があり、安定を求めてしまうのは自然の摂理だからだ。

では、なぜ日本サッカー界にはリスクを冒す若い人間が現れないのか?

その原因は決して一括りには出来ず、いたって多方面の観点から考える必要がある。大元を辿れば、日本の教育、文化、歴史的背景、サッカー界のシステム等の問題が関与していることは間違いなく、それはある種言い訳に繋がってしまう場合もあるが、まずはそれを知ることが大切である。

 

|若い指導者の抜擢

2016シーズンのJ1・J2リーグの監督に、30代が一人として存在しないのは偶然だろうか?若い指導者が上のレベルに出てこないのは、ただ単に実力不足なのだろうか?私が思うに、若い指導者を育てようという気が全くないだけであるし、間違いなく日本には実力のある若い指導者がいるはずだ。ブンデスリーガで史上最年少監督が生まれたというニュースは記憶に新しいが、日本にもこのようなことが起こり得るだろうか?絶対にないと断言できる。ライセンス制度にも問題があるし、日本独特の「空気」がそうはさせないだろう。そもそも指導者を育てる気がないのだから。

www.goal.com

 

 若い人間にしか組織は乱せない

若い指導者を育てていくということは、つまりは組織が脱皮を繰り返していくことにつながり、「変化」「緊張」「危機感」が生まれる。これは成長に欠かせない条件だ。若い人間が実力をつけ、上の人間が危機感を覚え努力をする。常に実力を上げていかなければ仕事ができない状態にしなければならない。 日本サッカー界にその状況があるかと言われれば、疑わしい。

実力の有無に関わらず、若い人間が既存のやり方に疑いを持ち、意見をするのは当然のことだろうと思うが、それを受け入れる「寛容さ」は存在していないように思う。全てを「経験がない」という言葉で片付けられてしまうのならば、どう組織を変えられるだろうか。そもそも経験を持った時にはもう遅い。安定を求めざるを得ない年齢になっているだろう。

 

|若い指導者自身が頭角を現そうとしているのか?

ここが一番の問題点である。どんなシステムでサッカー界が回っていようが、どんな「空気」が漂っていようが、リスクを冒す人間は、リスクを冒す。私も含め、若い指導者の中に、リスクを冒して日本サッカー界を変えてやるという気持ちを持っている人間がどれだけいるのだろうか?日本サッカーを世界に示したいと思っている人間がどれだけいるのだろうか?「変化」「緊張」「危機感」をもたらすには、リスクを伴う。リスクを冒せるのは若いうちだ。私はこれから世界各国を回りながら、日本サッカーに対して色々な観点から意見や批判をしていこうと思うが、こんな人間が訴えたところでなにが変わるかはわからない。ただ、よりこれが多くの人数を巻き込み、多くのエネルギーを生み出すことができれば、必ずや日本サッカーのに「大きな改革」を起こすことにつながると、私は確信している。

 

|野心を持て

ビジネスの世界を見てほしい。若い人間が頭角を現している。それによって常に成長を求められるのだ。異質の存在が日々現れている。私たちサッカー界の人間はビジネスで活躍する人の話を聞くべきだ。ビジネス書を読むだけでもサッカー界にも異質な存在が必要だという気持ちが湧いてくるだろう。

歴史を学ぶべきだ。過去に若くして自らの正義を訴えてきた人がどれだけいるだろうか。日本おいて大きな転機となった「明治維新」を学べば野心が湧いてくるに違いない。当時明治維新をもたらした志士たちは、ほとんどが若く、下級武士出身だった。経験もない、身分も低いものばかりだ。開国のきっかけとなった「ペリー来航」当時、坂本龍馬は19歳、吉田松陰は24歳、福沢諭吉は20歳、大隈重信が16歳だ。彼らが維新の原動力となったことは言うまでもない。

明治維新は、下級武士の革命だったといわれるほど、幕末維新の志士たちの中に、下級武士の者が大勢いました。維新の元勲とよばれた人々のうちでも、西郷隆盛大久保利通伊藤博文山県有朋は、みんな薩摩や長州の身分の低い武士から出ています。(中略)

同じ武士身分のあいだでも、上士、中士、下士の区別はきびしく、家老になれたかわりは、下級武士の家すじのものはどんなに立派な人物でも、容易に出世できない仕組みになっていました。

「内閣制度は親のかたきでござる」という有名な福沢諭吉のことばも、すぐれた才能にめぐまれながらいつまでも下積みであった下級武士の言葉として、味わって聞くことができましょう。

著『明治維新服部之総より

 

世界を見るべきだ。

日本の外に出ることは必要不可欠。世界が上だとか下だとかは関係なく、外から客観的に日本サッカーを観ることは、どう考えたって大事なはずだ。外を見なければ中はわからない

日本のサッカーが今どういう立ち位置なのか、日本のやり方は正しいのか、世界はどれだけのレベルなのか、実際に行かなければわからない。誰から聞いた情報は、誰かのフィルターを通した情報だ。それではいつまでたっても世界はわからないままだ。

もっと多くの人間が世界のサッカーを、サッカーの頂点を観ることは、今後の日本サッカーのために、絶対に必要なことだ。頂点をこの眼で見れば、野心など自然と湧いてくるだろう。明治維新の志士たちは、ほとんどが海外に行き、世界を見ている。これは偶然だろうか。

 

もし、日本サッカーに「変化」「緊張」「危機感」をもたらしたいと本気で思っている人がいれば、力を貸してほしい。

 

筆者FacebookKazuma Kawauchi

筆者Twitter河内一馬 Kazuma Kawauchi (@kazumakawauchi) | Twitter

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